インド日記

を読了。

インド日記―牛とコンピュータの国から

インド日記―牛とコンピュータの国から

インドに客員教授として招かれた小熊教授が二ヶ月間の滞在中につづった日記。所々でインドと日本の比較が現れるのは他の著者でも同じだと思うが、小熊さんは日本近代史を専門とする学者なので見方が奥深い。それと一般の観光客が行かないような「普通の人がいる」所にも行っているので*1、読んでいて面白い。

小熊教授らしい本。ところどころ感傷的な部分があるのが少しイメージと違うかなあ。一番小熊さんらしいと感じたのは、 P. 194にあるあんぱんまんの説明の記述。こういう風に細かいところに手を抜かずに必要以上に記述をするところが小熊さんらしい。引用する。

インド人に「あんぱんまん」を説明するには、中国から中世期に渡来した餡と、幕末に渡来したイギリス式ブレッド(日本の「パン」は、なぜか実体はイギリス式なのに名称はフランスないしポルトガル式である)が出会って「アンパン」というクレオール食物が誕生し、さらに戦後にアメリカのテレビ番組「スーパーマン」が輸入されて混交したという、文化交流の歴史を語らねばならない。おなじく、食物にハエが少々たかっても気にしないインド人に、「あんぱんまん」の敵が「ばいきんまん」である意味を説明するためには、近代日本の初等教育でいかに衛生知識の普及が重視されてきたかを説明しなければならないだろう。そんな学習を経てまで「あんぱんまん」を読もうというインド人は、おそらく相当変わった人間にちがいないが。

この記述は、デリーで行われていた国際ブックフェアの日本ブースを見ての感想。全体的に子供向けの本が多かったそうだ。(絵があったりと、外国語を理解するのには子供向けの本のほうが良いらしい。)普通ならば、

アンパンマンをインド人が理解するのは難しいだろう。

くらいで話を終わりにすると思うが、それがどのくらい難しいのかを縷々説明するところがとても小熊さんらしい。

ちなみに子どもの本だけでなくいろんな書物が並んでいたのだが、日本の書物の無秩序ぶりに驚いている記述もある。(P. 193)

見てみると、林道義「主婦の復権」、テリー伊藤「大蔵官僚の復讐」、岩波書店編集部編「定年後」、柳美里「ゴールドラッシュ」、乙武洋匡五体不満足」、半藤一利ノモンハンの夏」、荒俣宏「二〇世紀 雑誌の黄金時代」、ウォルフレン「なぜ日本人は日本を愛せないのか」、高山文彦「少年A 十四歳の肖像」……といった本が並んでいた。

ウォルフレンの本を「日本語訳」で読むインド人はいないと思った。



日記のところどころにある歴史の認識や創られた「伝統」などの話は、社会学*2を知らない人にはおかしく感じてしまうように思うけれど、普通の紀行記として読んでも楽しめると思う。深夜特急とかの創作があるものや、ASIAN Japaneseとかの写真とルポを織り交ぜた自分探し系の本よりも良いと思う。

他の小熊さんの著作はちょっと専門的過ぎるのと浩瀚な本が多いので、これ以外には読む気がない(笑)

*1:観光地っぽくない所。普通の学校とか、辺鄙なところにある寺院とか。博物館とか美術館にも行っているが。

*2:小熊さんの講義履修者には、目新しいものではないと思う。